「課長」と呼ぶか、「田中さん」と呼ぶか。職場で上司に声をかけるとき、ほんの一瞬迷った経験がある方は少なくないはずです。
2026年10月2日、文化庁が令和7(2025)年度「国語に関する世論調査」の結果を公表しました。課長に部下が呼びかけるときの望ましい呼び方として「名字に『さん』を付ける」を選んだ人は25.5%。1996年度の8.8%から、30年で約17ポイント増えた計算です。20代に限ると4割台です。
実はこの調査、上司の呼び方だけでなく「なるはや」「ひもとく」「見れる」など、普段なにげなく使っている言葉の世代差も数字で浮かび上がらせています。
この記事でわかること
- 上司の呼び方の最新データと30年間の変化
- 「さん付け」が広がった背景と、企業での導入の歴史
- 社外の人に上司を話すときの正解(受付・先生・医師の3パターン)
- 「なるはや」「ツーカー」の世代差、「ひもとく」「噴飯もの」の意味のずれ
- 言葉の変化を楽しむための辞典・本の選び方
上司の「さん」付け呼びは25.5% 国語に関する世論調査2025の結果
まずは今回の数字を整理します。設問は「会社の課長に部下が呼び掛けるとき、どの呼び方が一番望ましいと思いますか」というものです。
| 呼び方 | 令和7(2025)年度 |
|---|---|
| 「課長」 | 62.9% |
| 名字に「さん」を付ける | 25.5% |
| 「課長さん」 | 6.4% |
| その他・無回答 | 5.2% |
実際に数字を見ると、役職名の「課長」がいまも6割を超える最多回答で、「さん付け」が多数派になったわけではありません。ただ、伸び方には勢いがあります。
| 調査年度 | 名字に「さん」を付ける |
|---|---|
| 1996年度 | 8.8% |
| 2015年度 | 16.0% |
| 2025年度 | 25.5% |
報道によると、20歳代では42.5%が「名字に『さん』」を選びました。公式の結果概要でも「20代で4割台と、他の年齢層より高くなっている」と記されています。一方で「課長」は60代で約7割、「課長さん」は70歳以上で他の世代より高いという傾向です。
調査の概要と、数字を読むときの注意点
- 調査主体:文化庁国語課(業務委託先:一般社団法人中央調査社)
- 調査時期:2026年1月13日〜3月3日
- 対象:全国16歳以上の6,000人
- 有効回答:3,777人(回収率63.0%)
- 方法:郵送法
ちなみに、この調査は2019年度まで面接聴取法、2020年度からは郵送法で行われています。文化庁の公式資料でも「令和元年度以前の調査結果は参考値となるため、比較には注意が必要」と明記されています。1996年度の8.8%との比較は、方法の違いを含んだうえでの「目安」として受け取るのが正確です。
なぜ上司を「さん」で呼ぶ人が増えたのか オフィスの変化と歴史

「さん付け」が広がった背景には、いくつかの流れが重なっていると考えられます。
以前からあった「さん付け運動」
役職ではなく名前で呼び合う取り組みは、決して新しいものではありません。日本では古くから、一部の企業が「上下関係の壁を下げて意見を言いやすくする」目的で、社長も含めて全員を「さん」で呼ぶルールを導入してきました。いわゆる「さん付け運動」で、経営トップが自ら「肩書で呼ばないでほしい」と社内に呼びかけた例も知られています。
組織のフラット化と転職・副業の一般化
2000年代以降は、管理職の階層を減らす組織改革や、職務で役割を決めるジョブ型雇用の広がりが追い風になりました。転職が当たり前になると、前職の「部長」が新しい職場では同じチームのメンバーということも珍しくありません。肩書が頻繁に変わる環境では、名字に「さん」を付ける呼び方のほうが運用しやすいという実務的な理由もあります。
チャットツールとリモートワーク
SlackやTeamsなどのビジネスチャットでは、表示名が名字になっていることが多く、メッセージの冒頭も「〇〇さん、確認お願いします」と書くのが自然です。役職名で始めると、かえって堅い印象になります。コロナ禍以降のリモートワーク定着で、文字のやり取りが増えたことも影響していそうです。
今回の調査結果はネットでも話題になり、Yahoo!ニュースの該当トピックには公表翌朝の時点で1,100件を超えるコメントが寄せられていました。NHKも「正直ベースで、あなたの職場ではどうですか?」と読者に問いかける見出しで取り上げています。
社外の人に上司のことを話すときの正解は?ビジネス電話・学校・病院の3パターン

呼びかけ方と並んで実務で迷うのが、外部の人に自分の側の人を紹介する場面です。今回の調査では3つのケースが聞かれています。
| 場面 | 最多回答 | 2位 | 3位 | 「さん」付け |
|---|---|---|---|---|
| 会社の受付が外部の人に自社の鈴木課長のことを話す | 「鈴木は…」37.4% | 「課長の鈴木は…」35.8% | 「鈴木課長は…」22.3% | 3.6% |
| 学校の先生が保護者に同僚の田中先生のことを話す | 「田中先生は…」71.9% | 「田中教諭は…」17.2% | 「田中は…」8.1% | 1.9% |
| 病院の医師が患者に同僚の木村医師のことを話す | 「木村先生は…」49.5% | 「木村医師は…」43.2% | 「木村は…」4.3% | 1.4% |
会社の場合、社外の人に対しては身内を立てない「鈴木は…」が最多です。ビジネスマナーの研修で教わる型がそのまま数字に表れています。社内では「鈴木さん」と呼んでいても、取引先からの電話では「鈴木は席を外しております」と言い換えるのが基本と覚えておくと安心です。
意外なのは学校と病院で、身内であっても「先生」を付ける回答が最多でした。特に学校では7割を超えています。「先生」が職業名に近い感覚で受け止められていることがうかがえます。
「なるはや」「ツーカー」は世代で真逆 会議やチャットで使う言葉の年代差
今回の調査で特に面白いのが、特定の世代や業界で使われる5つの言葉についての設問です。「使うことがある」と答えた人の割合は次のとおりでした。
| 言葉(意味) | 使うことがある | よく使う世代 |
|---|---|---|
| ツーカーの仲(気心が知れた仲) | 47.8% | 60代以上で6割台後半 |
| なるはやで(可能な限り急いで) | 33.4% | 20代以下で7割台 |
| えいやで決める(思い切って決める) | 23.9% | 70歳以上で約3割 |
| 交通整理する(複雑な状況を整理する) | 22.7% | 40代以上で2割台 |
| 正直ベースで言う(本音を率直に言う) | 15.8% | 30代で2割台 |
「ツーカー」と「なるはや」は、世代による使用率がほぼ反対の形になっています。報道によると「なるはや」は16〜19歳で74.1%、20代で76.4%が使う一方、70歳以上では7.2%にとどまりました。逆に「ツーカー」は16〜19歳と20代で1割未満です。
「他の人が使うのが気になるか」という設問では、「なるはや」が気になる人は70歳以上で7割台、「ツーカー」が気になる人は16〜19歳で7割台でした。職場で若手が「なるはやでお願いします」とチャットに書き、ベテランが「ツーカーで話が通じる」と口にします。その両方に、相手の世代は小さな違和感を覚えているのかもしれません。
言葉の由来の豆知識
- ツーカー:「ツーと言えばカー」の略とされ、ひと言で話が通じる関係を指します。昭和の流行語として広まったと言われています。
- なるはや:「なるべく早く」の略で、もともとは業界用語に近い言い方でした。
- 正直ベース:ビジネスの「〇〇ベース」(実費ベース、月額ベースなど)の応用です。
「ひもとく」「流れに棹さす」辞書の意味を知っている人は少数派

慣用句の意味を問う設問も、毎年話題になる定番コーナーです。2025年度調査では5つの言葉が取り上げられ、3つで本来とされてきた意味とは異なる答えが多数を占めました。
| 言葉 | 本来とされてきた意味 | 本来の意味の回答 | 異なる意味の回答 |
|---|---|---|---|
| ひもとく | 関係する書物を読む | 13.1% | 真相を明らかにする 69.9% |
| 流れに棹さす | 傾向に乗って勢いを増す | 22.7% | 傾向に逆らって勢いを失わせる 68.9% |
| 噴飯もの | おかしくてたまらないこと | 34.1% | 腹立たしくて仕方ないこと 55.1% |
| 気が置けない | 気配りや遠慮をしなくてよい | 47.4% | 気配りや遠慮をしなくてはならない 44.3% |
| 佳境に入る | 物語などが特に興味深い場面になる | 34.3% | 仕事などが最盛期や大詰めを迎える 37.8% |
「ひもとく」はもともと、巻物や書物を包む紐を解いて読むことから来た言葉です。「歴史をひもとく」という使い方が「歴史の謎を解き明かす」と重なって受け取られ、意味が移っていったと考えられます。
「噴飯もの」は、食べているご飯を噴き出してしまうほどおかしいという意味です。2012年度の調査では本来の意味の回答が19.7%でしたが、2025年度は34.1%まで上がりました。一方の「流れに棹さす」は、船頭が棹を川底に差して舟を進める様子が由来で、本来は「勢いに乗る」ことを指します。
「気が置けない」は世代で答えが分かれ、40代以上は本来の意味が多く、30代以下では逆の意味が上回りました。「気が置けない友人」と褒めたつもりが、若い世代には「油断できない人」と伝わる可能性もあるわけです。
「見れる」「来れる」もじわりと増加
いわゆる「ら抜き言葉」についても結果が出ています。「今年は初日の出が見れた」を使う人は16〜19歳で81.3%、「早く出れる?」は同じく77.7%でした。70歳以上では「見られた」が64.4%と、ここでも世代差がはっきり出ました。
職場の伝え方・コミュニケーションを学び直す辞書・本・検定
調査結果を見て「自分の使い方は合っているのかな」と気になった方には、手元で確かめられる辞書や本、体系的に学べる検定が役に立ちます。
新語に強い国語辞典
「なるはや」のような新しい言葉や、意味の揺れまで載せている国語辞典は、読み物としても十分楽しい一冊です。改訂のたびに新語が話題になる三省堂国語辞典のように、最新版を選ぶと現代の使われ方がわかるでしょう。
敬語・ビジネスマナーの本
社外の人に上司を紹介する場面など、迷いやすい場面を例文で確認できる敬語の本は、新社会人だけでなく管理職にも根強い需要がある分野です。
慣用句・ことわざの本
「流れに棹さす」「気が置けない」のように、意味が誤解されやすい言葉を集めた慣用句の本は、由来の解説が付いているものを選ぶと記憶に残りやすくなります。
伝え方コミュニケーション検定
呼び方や言葉選びの世代差は、「何を言うか」だけでなく「どう伝えるか」の問題でもあります。伝え方コミュニケーション検定は、相手のタイプに合わせた伝え方を学べる民間資格です。eラーニング動画で学び、オンラインで受験できる仕組みで、受講料は初級13,200円・中級33,000円(税込、執筆時点の公表価格)です。上司・部下どちらの立場でも、職場の言葉の行き違いを減らすヒントになるでしょう。
よくある質問
Q. 上司を「さん」付けで呼ぶのは失礼ですか?
A. 失礼とは限りません。今回の調査でも25.5%が「名字に『さん』」を望ましいと答えており、社内ルールとして「さん付け」を採用している企業もあります。まずは職場の慣習に合わせるのが無難です。
Q. 取引先に自社の上司のことを話すときはどう言えばいいですか?
A. 社外に対しては「鈴木は…」「課長の鈴木は…」のように、身内に敬称を付けない言い方が一般的です。調査でも「鈴木は…」が37.4%で最多でした。
Q. 国語に関する世論調査はいつから行われていますか?
A. 文化庁が1995(平成7)年度から毎年実施しています。2020年度からは郵送法に変わったため、それ以前の結果は参考値という位置づけです。
Q. 調査結果の全文はどこで見られますか?
A. 文化庁の公式サイト「国語に関する世論調査」のページで、結果の概要・報告書・集計表が公開されています。
Q. 「ひもとく」の本来の意味は何ですか?
A. 「書物を開いて読む」ことです。今回の調査では本来の意味を選んだ人は13.1%で、69.9%が「真相を明らかにする」と答えました。
Q. 若い世代ほど「さん」付けを選ぶのはなぜですか?
A. 調査は理由まで尋ねていませんが、肩書より個人を尊重する職場文化や、チャットツールでのやり取りの増加などが背景にあると考えられます。
あなたの職場の呼び方を見直すきっかけに
「課長」が62.9%で最多である一方、20代では4割台が「さん付け」を選ぶ。今回の調査は、職場の呼び方がちょうど移り変わりの途中にあることを示しています。どちらが正しいというより、相手と職場の慣習に合わせて使い分けるのが現実的な答えと言えそうです。
「なるはや」や「気が置けない」の結果も含めて、言葉の受け止め方は世代によって違います。気になった言葉があれば辞典で由来を確かめてみると、同僚との雑談のネタがひとつ増えるはずです。
